スタディルーム文京 ―こどもの学習スペース


東京都文京区にある小学生までの子供たちが学習するスペース。英語、国語算数、自習
by kidszone_bunkyo
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発達障害

 この間、テレビ番組で「ディスレクシア」の方の体験談を元にしたものがありました。
この番組を見ながら、彼の障害に両親を含め、先生も、医者ですら気がついてあげられなかった事にとても気持ちが揺さぶられました。自分が重なりました。
この方は私よりずっと若いですが、現在学生というわけではありません。
発達障害や学習障害が学校の先生達のなかでも認知され始めたのはそれほど昔ではありません。ましてや親となる人たちにその知識があるかというと、昔より用語を聞くようになりましたし、インターネットも発達して昔よりは容易に知ることが出来ますが、認知しているかというとなんとも言えないかもしれません。
ただ、スクールカウンセラーという言葉も当たり前になってきて、この番組の方が今の時代で小学生であれば、もっと早くに支援を受けられたのでしょう。

 私は、自分が大人になり長女と向き合い、大学へ戻り発達障害について勉強をしました。学校ではスクールカウンセラーに2年程通い、話を聞いてもらいました。
その過程で、一つ理解したのは、自分自身が「発達障害」を持っているのだろうということです。もちろん、精神科で診断がつくようなはっきりとした状態ではありません。ただ、「持っている」といったのは発達障害が「治る」病気ではないと認識しているからです。でも、コントロールはできるし、それを個性として取り込むことも出来ます。
その状態に今自分がいるということです。
 でも、自分が子供の頃、小学生から高校生までを振り返り、自分を客観的にに見てみると「発達障害」という言葉が当てはまります。おそらく、周りから見て明らかに「障害」というものではありませんが、「変」ではあったと思います。
私が長女の事で色々と勉強をして、考えて、行動をしているある時期に「なんで、私の親は気づいてくれなかったんだろう。」という怒りとも言える感情がありました。

 私の両親は、私を勉強もある程度できて、スポーツも出来て、「いろいろ出来る子」として見ていました。 また、小さい頃は「失敗をしない子」という要求があったのか、ランドセルに傷がつくなどいた事で、「何故」という理由を強く求めてきました。大した理由ではないですよ、子供がランドセルに傷をつけるなんて。たまたま、ランドセルを置いた時に、ブロック塀にかすったからです。でも、親の強い理由の求め方には正直に理由が言えませんでした。嘘をつきました。
友達とのトラブルの時、理由を話しました。誕生日会に呼ばれていましたが、後からキャンセルされたんです。当日家にいる私に、母が誕生日会はどうしたのかと聞かれ、私は「来ないで」と言われたと伝えました。その時は理由はよく知らず、ショックはありましたが、母にはただ聞いて欲しかったでした。ところが、母はすぐに電話を掛けたんですよね。まあ、親としての気持ちはわかりますが、子どもとしては「やめて!」と思いました。恥ずかしいんですよ。昔は、結構親同士でも伝えることは伝えるという感じが今よりありました。田舎ですし、ご近所さんでしたら。それでも、その後友達と友達のお母さんが迎えに来てくれた時は、「うれしい」というより「はずかしい」でした。それでも今も、彼女とは親友ですよ。
 また、中学生になり私は多分「自分」を正しく見れていない親に苛ついていたのだと思います。親に対する態度が良かったとはいえません。しかし、それに加えて、私がでかけた時にどこにでかけて、誰といたのかを確認するときのやり方に非常に大きな怒りを覚えたことをいまでも忘れません。
私自身は、外面(そとづら)は悪くなく、それなりに責任感も有りましたからいいかげんな事はしていませんでしたが、親が私を見る目が違うように、自分も自分を間違って認識していました。人付き合いは良さそうな顔をしていましたが、正直苦痛で上手く出来ていませんでした。
親が自分を見る目が過大だったこともあり、常にそうありたいという、願望を持ち続けちゃったんですよね。その呪縛のようなものから解き放たれるのには、ものすごいエネルギーが必要です。今でもまだその呪縛に縛られ、後からものすごく後悔や恥ずかしさに自分に対して怒ることがあります。

 「気づいてあげられない」ことに関しては、自分もそうですが、弟に対しても、いとこの姉(何十人もいとこがいるうちの一人)に対しても、大人になってから考えて、きっと親たちに今の知識があればもっと別の形があっただろうにと、過ぎてしまったことに悲しくなることもあります。
もちろん、我々をしっかりと育ててくれて愛情を注いでくれました。だからこそ、少し見方を変えてもらえていたらとつい考えてしまいます。

 自分の周りにいるかというと答えられませんが、時々子供の発達障害を認められない親御さんがいるという話を聞きます。発達障害は色々なタイプがあり、知能に全く問題がないものもあります。長女はまさにそれで、天才的な知能を持った子が発達障害だということは多くあります。ただ、社会性に問題があるので、人に対する物の言い方とか、距離感とか、奉仕とかといった感覚が鈍いです。それで、トラブルや周囲の反感を買うこともありますが、頭がイイので言葉では周りも勝てないんですよね。理屈ぽい人や、自分の考えの正しさを強く主張して相手の言い分に聞く耳を持たない人などいると思います。
親が子供の発達障害を認められない子供は苦しみます。私もそうですが、見た目にはそうはみえないでしょうが、不幸です。私はまだ自分で気づけただけ良かったかもしれません。これは、長女のお陰でしょう。でも、周りが気づいてくれない「発達障害」は本当に辛いんですよ。気づいて正しく認知してもらえれば、すごく輝く個性にもなり、才能をもっと輝かせることが出来ると思います。

 ちなみに、私は天才タイプの発達障害ではありませんから、さらに苦しみました。自分の出来ることを正しく認知できなかったんです。
でも、それが私だったので仕方ありません。長女は小学生の時から自分の問題を認知しています。だいぶ、年齢を重ねて、頭で理解できるようになり、意識をして行動はできるようになっていますが、苦手なことは苦手だと認識しているようです。周囲の人に対しては感情や感覚というより、知識ベースで気を使うようにはしているようです。まだまだですが、成長はできています。

 「発達障害」という言葉から、どうか逃げないでください。正しく理解をする努力をしてください。そして、ご両親自身を振り返って見てください。
子供に問題がある時、カウンセラーの方々は親御さん自身に「発達障害」を見ることがあります。それは、親御さんが認知していかないと子供だけを良くしていくことは難しんです。そして、実は父親の中にその芽を母親が見つけていても、父親というのは子供以上に認知することが難しい場合が多いんです。
母親のほうが自分の事も子供のことも受け入れやすいのは、日本の社会構造や家族構造のあり方によるものなんでしょう。


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by kidszone_bunkyo | 2016-02-06 11:04 | 子供との日常
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