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高機能広汎性発達障害

 私も現在多くの子供達と接し、また大学で乳幼児心理やスクールカウンセラーといったものを勉強し、多くの本を読んでいると色々な障害と名のつく言葉が出てきます。

 学習障害、注意欠陥多動性障害(ADHD)、広汎性発達障害、高機能広汎性発達障害などなど
 自閉症は色々なグループに分けられます。

 ここで出てくる「高機能」という言葉は知的障害のないケースについて付く言葉です。
一般にIQ70以上である場合につくようです。
IQ70以上の自閉症を高機能自閉症、IQ70未満の知的障害を伴うものは非高機能広汎性発達障害とよびます。

 皆さんも聞いたことのある「自閉症」は広汎性発達障害の中心になるものです。その中でもよく私たちが耳にするのが「アスペルガー」という言葉ではないでしょうか?
言語の発達の遅れはなく、知的にも問題がないが、社会性の障害を生まれつき持っていてこだわりの強さやファンタジーへの没頭、また不器用な人がおおいという特徴があるようです。

 学校現場やもちろん家庭でも、高機能広汎性発達障害とADHDととの区別というのは難しいことが多いようです。というのも、両方を持っている子どもも少なくないからだといいます。 多動児の約8割が高機能広汎性発達障害だと言われています。ADHDと広汎性発達障害は同じ対応ではうまく行かないという事実があります。ADHDだと思い対応したがうまく行かない場合は広汎性発達障害の割合が高いそうです。

 こういった障害を持つ子供は今とても多いそうです。おそらく、日本全国の学校ですべての生徒に専門の医師や機関が調査を行えば、現在分かっている割合よりもぐっと多くなるのではと思います。
というのは、親である私たちがこういった障害について情報をしっかりと持っていないからです。正直、とても難しいくおそらく親に判断をさせるのは不可能だと思います。 実は、障害を持っている子供の親も高機能広汎性発達障害である場合も少なくないといいます。
また、これらの障害は症状や特徴が似ていたり、発育途中の正常な反応との違いを親の目だけで判断をするにはあまりにも情報と認知が乏しいと思います。 結局、専門医に行く最終判断は親がするわけですから、親が判断できない以上数字としてこういった割合の中に入ってこない子供もいるわけです。

 また、幼稚園や学校サイドもこういった問題にぐっと取り組めるように放っていますが、実際先生がおかしいと思ったからと言って親に言えるかというとそうではありません。そのためにスクールカウンセラーという方々もいらっしゃいますが、私から見ても彼らの地位や認知度が親の中でそれほど大きなものではないと感じています。 また、行政がそういった問題に対応できるのかといえば、スクールカウンセラーへの予算も手当も減っていることを見ると現実問題と逆行した形であることは否めません。
たとえ、親に伝える手段が幸いにもあり、伝えられたとしてもそこから専門医の診断をもらうまではまたずっと難しい見えない壁のようなものがあります。 親側もどうしていいのか、本当に専門医に行くべきなのかわからないし、迷いが必ず生じます。 まだ、迷うくらいの親御さんであれば子供への対応も期待できますが、頭から認めない親も多いはずです。そうなるとかわいそうなのは子供です。

 発達障害を持っている子供は、幼少期からの適切な望ましい対応がなされた場合は、成人をしてからの就労率も継続率もぐっと上がるようです。 難しいことは抜きにしますが、適切な対応をしてもらえた子供はまず良い「自己イメージ」をもって成長できるということです。 例えば、適切に特別支援学級へ進んだ子供はその中で自分という存在を認めてもらえるという人として一番大事な経験をし、手厚い対応から学習に対してもよい自己イメージをもって取り組め、職業訓練もその個人に合わせた対応をしてもらえるということがあります。 ただし、無理に通常学級へ進み適切な対応を周囲が取れないと、いじめや学習の遅れから非常にマイナスな自己イメージが作られ、また個別の対応などはあまり期待できないためにますます症状を悪化させることにもつながります。 結果大人になって一般と同じように就職と言っても難しく、また就職できてもやはり人間関係や仕事のやり方などにつまづき、続けられないといった事も実際の事例で報告されています。

 私が、ここで言いたいのは、私が子供たちをみて障害があるとは言えません。でも、やはり行動に問題があると感じることはあります。 そういった場合に、親御さんにお願いしたいのは、一歩下がってわが子を見てもらいたいということ。 たとえ障害があってもなくても、学習に問題があれば無理をして出来ない問題を出来るように怒鳴るよりも、今この子が出来るレベルをしっかりと認識してそこから始められる余裕を持って欲しいのです。 たとえ、3年生が2年生の算数でつまづいても「なんでできないの?」ではなく心のなかで「もう一度、2年生の問題からすこしずつ上にあげていこう」と思ってほしいのです。この場合、そのことを子供に話すか話さないかはお子様にもよりますよ。2年生の問題ができたら褒めてあげる。子供の自己イメージを良いものに導く必要があると思います。「出来ない」ではなく簡単な問題からでも「できた」が必要です。

 我慢比べなのです。 親はどうしても感情が入ってしまいます。イライラすればつい声も大きくなり、言いたくなくても口から「なんでできないの?」「分からにという前に、考えなさい!」なんて出てしまいます。私も自分の子供にはいつも言ってしまいます。

 どんな子供も、障害がある子もない子も専門医の判断や治療の前にかならず親がいます。親御さんが最初の方向を間違えないように、もし間違ってしまったら引き返す、道を変える勇気も持ちましょう。

 さあ、最後は純粋に個人的な感想ですので、あまり厳しく捉えないでくださいね。 
 私のところに来ている方にはおりませんが、人前であまり子供を褒めすぎるお母様は一度周りに目を向けたほうがいいかもしれません。 顔がひきつってしまうくらいのお世辞とおべっかは子供に過剰な自信と周りを見下す変なくせがついてしまうのではと感じます。 そういったお子様に多いのは、出来なかったときに必ず言い訳をする傾向、「知ってたよ」「オレもそう思ってたよ」等、また周りのお友達を馬鹿にする「へたじゃん」「だめだよ」「こんなのもわかんないの?」等。
 
 最近では、娘が通うある習い事で低学年の息子さんを迎えに来たお母様が皆の前で、「◯◯君、上手ね~。すごいわ~。ママにも教えてね~。先生もすごくほめてくれるわ。えらいわね~。」を連発していて、先生もちょっと苦笑いになっていました。 というのもやっている間は私語が絶えず、自分の作品を見ながら「これうまいよ」「先生のお手本じゃなくて、オレのをお手本にしよう」など、何度も先生に私語を注意され、私の二女の作品を見ながら「へた」「全然ダメ」など言い続けていました。 作品がうまいのを褒める前に、先生や周りの人への礼儀を教えるべきですが、まだ他の人が続けている前で子供を褒めちぎっているお母様自身も周りへの配慮が足りないという面であまり期待できないなと思いました。 親子が帰ったあとで先生も「ははは、すごく大事にされてるのね・・」とコメントに苦慮されていました。 ただ、子供側から見れば常に自信がないのかもしれません。 常に褒められなければいけないという一種の強迫概念があり、周りを見下し言い訳をすることで自分をなんとか許されるレベルに留めようとする深い心理的要因のようなものが見え隠れしていました。
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by kidszone_bunkyo | 2010-11-10 10:42 | 運営ダイアリ

東京都文京区にある小学生までの子供たちが学習するスペース。英語、国語算数、自習


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