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東大娘とかるた娘と画家娘

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中2三女への英語指導

三女が中学二年生になりました。
どうも英語と社会の成績が大変まずい状況です。

どうしても三人姉妹になると長女の時の経験基本になってしまう事から抜け出せません。長女は中学一年生頃までは大した成績は出てませんでしたが、中学二年生頃より自分で定期テスト前なども予定を立てて、塾も上手に利用して成績は上がっていき、東大へ入る基礎が出来てきたのがこの辺りに周りの目からは見えます。ただ、次女の時長女のような変化を期待しつついたら、大失敗😓 全く最後まで勉強に対する姿勢や成績が変わることはありませんでした。本当は元が長女とはタイプが違う事を知っていたのですが、長女と同じ塾に通わせ大丈夫と思い込ませて、私も時間がない事で向き合ってあげないままでした。

そこで、三女はどうかというとやはり長女とは違うよう。かといって、次女ほど勉強が苦手なわけではない。ただ、塾には行かせてません。中学までは行っていましたが、あまり効果があるように思えない事と、自宅でも十分にフォロー可能だと上二人の経験から感じるためです。
二年生になって、英語の指導をきちんと始めようと思いました。そこで週2回は私との英語の時間を決めました。教科書に沿った内容の問題集を使い、解説に1時間ほど使い、後は一週間の間に問題を解きます。その時は私もなるべく一緒にやっていきます。
ほんの一、二回やっただけですが、学校で同じとこをやった時今までより「わかる」という感覚を味わったようで嬉しそうに話してくれました。とりあえずは、第一歩です。

次は社会を一緒にやってみようと思ってます。こちらは、娘が私に教えるスタイルを取ろうかと思っています。どんな効果があるか楽しみです。GWはチャレンジ週間にしてみます!

by kidszone_bunkyo | 2019-04-25 08:32 | 子供との日常

PTAはそれほど悪くない

私は、娘三人が幼稚園から全て違う学校です。
ですから、それは多くの学校でPTAを務めました。
普通の〇〇委員会から本部役員まで。主人も長女の小学校ではPTA会長を務めました。これは、自営に近い仕事で本人が卒業生だったからです。
次女の小学校でも主人は本部役員をやりました。こちらはソフトボール大会などで次女の学校の保護者と対面する機会があり、そちらの学校でも保護者である事が知られてしまったから。
どこでも本部役員を決めるのは大変なので、知っている人がいるならそれに越したことはないんですよね。
でも、どちらも中学では断りました。元々、学校行事にすら顔を出さない父親だったので、逆によくやったねという感じでした。三女の学校なんて一度も行ってないのでは?

たしかに、役員は大変ではありました。長女、次女それぞれの時は下の子供がいましたから、小さい時は預けて役員仕事でした。そのため、仕事はできませんでした。でも、どの学校の場合も、「無理のない範囲で」と言われましたし、下を連れて行っても構わないという雰囲気でした。
全員の予定が合わない時は、都合のつく人だけで無理な方は欠席することも仕方ないねという感じでした。
国立でも公立の小中学校でも、同じです。
広報などは特に、ネット環境が充実してきて、ラインなどのSNSも使えるようになり、なるべく学校へ出向かなくてもいいように調整したり、とにかくみんなが無理なく活動できるように協力的です。

先生方もどの学校でも気を遣って下さいますし、無理なことは言われません。もちろん、人間関係ですから一人変わった方がいると全体的に大変になる事はありますが、それも終わってしまえばネタ話になるくらいです。

マスコミで書かれているようなPTAが悪という感じの先入観は違うと思います。そういったところもあるのかもしれないけど、何校も違う学校を経験してきた私がそんな学校にあたったことないのですからやはり釣りというのもあるのかと思います。

実際PTAは国立などは必要です。国からの補助金は減らされて、公立とは違い区や都からの補助金はありません。先生達に子供達の事をよく見てもらう時間や環境を作るために親のサポートは必要です。
大変なところはありますが、先生達との関係も良くなりますし、学校の事がよく見えるといる利点もあります。

また、どの学校も任意である事は強調してます。でも、子供達のためにお力をお貸しくださいという姿勢です。日本らしい、礼儀正しく、思慮深く他人の事を考えられる人はこういった社会があって作られてきたものでは無いでしょうかね。これを、外国にはこんなシステムはないという人がいるけど、それで日本よりよい人材が育ちよい社会が出来上がっているんでしょうか。外国暮らしをしたことのある私には、例えば子供達の合唱などを聞くと、日本の子供はこれを学校で出来るから日本人というアイデンティティが作られるとよく感じます。
PTAは日本らしいと思いますし、協力し合う姿勢を子供が学ぶから日本人が出来上がってくるんじゃないかと思いますけどね。そこには、お互いに無理しないようにと配慮もあり思いやりもある活動が多かったです。
マスコミはどうも何事もセンセーショナルに悪として報道する方が話題性もありそんなもので溢れ出してますね。もう少し本質をきちんと取材して報道してほしいですね。この季節は本当にPTA叩きや、根拠があるのかわからない経験談が溢れますけど、どれにも共感はできません。もちろん、問題がないわけでは無いでしょうが、本当にPTAが問題なんでしょうかね。関わる人間の問題なんでは無いでしょうか。

あ、でも別に私も仏の顔でやっているわけではなく愚痴もそりゃ出ますよ。たまにはストレス発散もしないとね。🤫

by kidszone_bunkyo | 2019-04-09 09:42 | 子供との日常

かるた娘 〜次女のお話

かるたに夢中の次女は長女と同じく国立の付属校に幼稚園から通いました。次女も高校で外部に出ましたが、長女とは逆に勉強が出来ないために外部の学校を受験しました。それでも、とにかく好きなことに一生懸命な為、落ち込むとかコンプレックスを、持つとかはありませんでした。
私も、好きなことにのめり込むのもいいかもと思いましたし、世の中みんながみんな勉強できるわけじゃないので、こういった子もいるという認識でした。

中学に入ってからかるたを始め、みるみるうちに夢中になって、成績も挙げていきました。中学三年の時には東大生と対戦をしてスーパー中学生としてテレビにも出ました。

実は小学二年生の時には学力というより、学習能力に偏りを感じて学校の先生に相談もしました。
東京学芸大付属でしたからスクールカウンセラーの大学教授にも相談しましたが、学習障害が専門ではないためあまり意味がありませんでした。
学校の先生も体育会系の先生が多く、お茶と違いあまりその辺りの勉強が出来ている先生もいらっしゃいませんでした。この時にもう少し自分でも勉強すればよかったのですが、長女の方が問題が大きく感じてそちらに重きを置いてしまってました。

ただこの時に感じていた学習能力についての違和感は間違ってなかったのでしょう。だからと言って、失読症や失計算症があるわけではありません。文字は読めるし、計算はできます。ただ、シンボリックなものに置き換えられた情報を処理する事に困難を持っていました。例えば楽譜などはなかなか読めるようになりませんでした。論理的なものの考え方が苦手で、数学は苦手。英語もある意味日本語を別のシンボルに置き換えているようなものなので全く理解してませんでした。

中学での成績は本当に悪く、見事に長女とは真逆でした。そんな彼女が、かるただけは本当に頑張っていて、私も各地の遠征に車を出したり付き添ったりできる限り応援してきました。確かにここまで好きな事があるのは羨ましいし、それだけでいいという方もいます。
私としては、大学は必ず行って欲しいとは思っていません。勉強をする目的が曖昧なうちは行く必要もないと思っています。
ただ本人は行きたいようです。しかし、そのためにはやはり勉強をするしかないはずなんですが、できていません。私の考えは学校の勉強が出来る出来ないより、幅広く賢くあって欲しいと思っています。長い目で見た時に、社会の中で役割を持って生きていていく力をつけてるかが重要です。
ただやはり、それには勉強が必要ですよね。何とか本人から学ぶ気持ちを持って欲しいなと思っています。
礼儀やマナーはしっかり身についていると思います。
そこは大事にしてきました。

by kidszone_bunkyo | 2019-04-05 17:55 | 子供との日常
さて、東大生の長女は赤ちゃんの頃からとてもひどい偏食でした。そして、私はつい最近まで「偏食」の一言で終わらせていました。

ところが、最近読んだ漫画、「放課後カルテ」の中で感覚過敏でサクサクしたものが食べられない子供の話がありました。その時、長女はまさにそれだったのではと思いました。
本当にまだ離乳食後期の頃から、例えばいちご🍓などは口も開けませんでした。ほとんどの食材は食べず嫌いでした。

お友達と何かを食べに行っても娘だけ何も食べられず周りには気を遣いました。小学校でも、お茶の水女子大学の教授が「食育」の研究をしていて小学校にいらしていたので相談もしました。やり方はよく子供に嫌なことをやらせる時の手段で大きな木の絵に食べられたらシールを貼っていくなどでした。でも嫌いな食べ物に挑戦というレベルではないんです。無理なんですよね。口に入れることも出来ないんです。
お茶の水付属小では給食は学校の事情で2年生から2年ほどなくなり、確か4年生で復活していました。そこから娘の闇歴史が始まるわけですね。幸い全て食べるのは強制ではなく、残すことが出来たのですが給食を残す自分が本当に嫌だったそうです。
実はその事は娘が高校生なり知りましたが、それまではあまり気にしていないと思っていました。
6年生ではクラスの人気者の男子が一人よく給食を残すので少しそれに隠れて気が楽だったそうですが、彼女が進学先のお茶の水付属中学を闇歴史的に語るのは給食を残す自分を知っている同級生がいるからだと言っていました。よほど、心には深い傷になったんでしょう。漫画の先生のように理解してくれる先生も知識を持った先生もスクールカウンセラーを含め残念ながらいらっしゃいませんでした。親の私でも偏食の理由を知るのがつい最近なのですから無理もないのですが。

さて、それでなぜ食べられなかったのかは今ならはっきりと教えてくれます。まずほとんどのものは舌触りが嫌だったそうです。おそらく、感覚過敏と関係があるかもしれません。食べないくせに、味の変化に気がつくのが不思議でした。出しを変えてもわかるんですね。味覚も我々より鋭すぎたのかもしれません。また、頭の良い子でしたから例えばキノコ類などは、胞子の状態を頭の中で視覚化してしまうようで、気持ちが悪くて口に入れられないということでした。

そんなこんなで中学生になっても偏食は続き、食べられるのは赤ちゃんの頃から、納豆、白いご飯と、何も入っていないパン。フルーツもお菓子も食べない。でもパリパリしたものは好きでパン屋のドンクで売っていたチーズを薄くして焼いたものは大好きでした。カルボナーラは食べられました。ピザはチーズのみ。野菜は一切ダメ。お弁当はいつも茶色い揚げ物だらけ。

ところが、高校生になりロータリーの派遣生候補に合格してから変わり始めました。頭で栄養素や体の作りホルモンの働きを理解するようになりそれまでとは一転何でも食べられるようになってきました。基本おばあちゃんのお惣菜系を毎日作りお弁当を作るようになりました。根菜の煮物や炒め物が多いので女子高生というよりおばあちゃんのお弁当でしたが。生物専攻だったので、魚をさばくのもお肉を切るのも解説付きでやってくれるようになりました。

その頃に初めて、給食を食べられなかった時代が長く影を落としていたことを知り、高校はお茶の水から離れたかったと聞きました。でも今でも気持ち悪いものは気持ち悪いけど、食べられるようになったと言ってます。当然、フランスでは何でも食べてきたようです。

 下の子供たちの好き嫌いとは明らかに異なるものだったのはわかってましたが、当時は深く考えてませんでした。
ですから、偏食で苦しんでいる子には発達障害という側面からの視点もあるといいのかも。学校の先生にも理解してもらう必要があるので病院とかで相談するのもいいと思います。
先に紹介した漫画の「放課後カルテ」も詳しく解説しているところもあるし、参考文献も出ているので読んでみるといいかな。14巻に出てます。

長女は今では家族の中で一番食いしん坊で、味にうるさい美食家です。😆 

by kidszone_bunkyo | 2019-04-04 23:21 | 子供との日常
一年ぶりのブログになります。

個人塾を閉室してから、私自身は会計事務所に勤め始めました。まあ、簿記の資格はありましたし、元SEでもあり最近の会計クラウド的なソフトも初見で比較的スムーズに入れます。やはり、コンピュータに強いというのはなかなか武器になりますね。色々勉強にもなり楽しく仕事をしております。

さて、何度も書いてますが長女の話。
お茶の水女子大学付属幼稚園、小学校、中学校から、都立西高校へ進学し、現在東京大学に通っております。
お茶の水女子大学付属校時代は変わった子だったので母としては大変悩みが多かったです。発達障害のグレーゾーンで学校では寝てばかり。これも特発性過眠症が関係してます。また、偏食がひどかったのですが、これも発達障害の影響で過敏症なんですよね。私自身も今ならわかりますが、先生方で理解していた方はいないですね。好き嫌いとしか捉えられない。
お茶の水女子大学付属校時代の同級生は娘が東大に現役で、塾も予備校も行かず、しかも高校一年スキップして高校三年生の秋からの自学の受験勉強だけで合格したとは信じられないでしょうね。

高校は変わった子の多い都立西高校にしました。日比谷の雰囲気は娘には合わないと親子で思ったので。
高校二年生の時ロータリークラブの青少年派遣候補生としてフランスへ派遣されました。
この時、学校先生は留年を薦めましたが、娘は面倒だからと休学して戻った時に元の学年に戻る事を決めました。先生も一年スキップして東大に受かる子はいないことはないけど難しいよとは言われてました。
一年のフランスでの派遣生活の後高校三年生の夏に帰国しました。9月に受けたテストでは順位は130番台まで落ちていたそうです。フランスに行く前は5位以内にはいたかな。このことは東大に受かってから聞きました。まあ、それから塾に行くこともなく自分で勉強を始めセンター試験まではよく勉強してました。
ところが、センター試験の後、プシューッと空気が抜けたようになり、二次試験までの約1ヶ月ちょっとは毎日スマホで漫画ばかり、勉強は過去問を一教科やるくらいでした。これは落ちるなと思ったんですけど、するりと合格してしまって、謎です。
我が子ながら、なんで?です。予備校も塾も行ってないし、これで受かるの?って感じです。

私には下に二人娘がまだいます。こちらは全く勉強ができません。長女も私が頑張って東大生にしたわけではなく勝手になったので、下が同じようになるわけないですよね。
次女は勉強が全くダメ。でも競技かるたは本気。東大生とも対戦しました。
三女は絵が得意。工作も好き。伝統工芸士を継いでもいいと言ってくれてます。よく、兄弟で東大って聞くけど、うちは三者三様です。でも勉強出来ないのはすご〜く大変な事です。

個性の強い子を育ててきた中でいろいろな事に気付きました。またそれらを書いていきます。

by kidszone_bunkyo | 2019-04-04 19:45 | 子供との日常

個性の違いすぎる三人の娘を育てる母の感じたことを書いていきます。


by kidszone_bunkyo