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東大娘とかるた娘と画家娘

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さて、東大生の長女は赤ちゃんの頃からとてもひどい偏食でした。そして、私はつい最近まで「偏食」の一言で終わらせていました。

ところが、最近読んだ漫画、「放課後カルテ」の中で感覚過敏でサクサクしたものが食べられない子供の話がありました。その時、長女はまさにそれだったのではと思いました。
本当にまだ離乳食後期の頃から、例えばいちご🍓などは口も開けませんでした。ほとんどの食材は食べず嫌いでした。

お友達と何かを食べに行っても娘だけ何も食べられず周りには気を遣いました。小学校でも、お茶の水女子大学の教授が「食育」の研究をしていて小学校にいらしていたので相談もしました。やり方はよく子供に嫌なことをやらせる時の手段で大きな木の絵に食べられたらシールを貼っていくなどでした。でも嫌いな食べ物に挑戦というレベルではないんです。無理なんですよね。口に入れることも出来ないんです。
お茶の水付属小では給食は学校の事情で2年生から2年ほどなくなり、確か4年生で復活していました。そこから娘の闇歴史が始まるわけですね。幸い全て食べるのは強制ではなく、残すことが出来たのですが給食を残す自分が本当に嫌だったそうです。
実はその事は娘が高校生なり知りましたが、それまではあまり気にしていないと思っていました。
6年生ではクラスの人気者の男子が一人よく給食を残すので少しそれに隠れて気が楽だったそうですが、彼女が進学先のお茶の水付属中学を闇歴史的に語るのは給食を残す自分を知っている同級生がいるからだと言っていました。よほど、心には深い傷になったんでしょう。漫画の先生のように理解してくれる先生も知識を持った先生もスクールカウンセラーを含め残念ながらいらっしゃいませんでした。親の私でも偏食の理由を知るのがつい最近なのですから無理もないのですが。

さて、それでなぜ食べられなかったのかは今ならはっきりと教えてくれます。まずほとんどのものは舌触りが嫌だったそうです。おそらく、感覚過敏と関係があるかもしれません。食べないくせに、味の変化に気がつくのが不思議でした。出しを変えてもわかるんですね。味覚も我々より鋭すぎたのかもしれません。また、頭の良い子でしたから例えばキノコ類などは、胞子の状態を頭の中で視覚化してしまうようで、気持ちが悪くて口に入れられないということでした。

そんなこんなで中学生になっても偏食は続き、食べられるのは赤ちゃんの頃から、納豆、白いご飯と、何も入っていないパン。フルーツもお菓子も食べない。でもパリパリしたものは好きでパン屋のドンクで売っていたチーズを薄くして焼いたものは大好きでした。カルボナーラは食べられました。ピザはチーズのみ。野菜は一切ダメ。お弁当はいつも茶色い揚げ物だらけ。

ところが、高校生になりロータリーの派遣生候補に合格してから変わり始めました。頭で栄養素や体の作りホルモンの働きを理解するようになりそれまでとは一転何でも食べられるようになってきました。基本おばあちゃんのお惣菜系を毎日作りお弁当を作るようになりました。根菜の煮物や炒め物が多いので女子高生というよりおばあちゃんのお弁当でしたが。生物専攻だったので、魚をさばくのもお肉を切るのも解説付きでやってくれるようになりました。

その頃に初めて、給食を食べられなかった時代が長く影を落としていたことを知り、高校はお茶の水から離れたかったと聞きました。でも今でも気持ち悪いものは気持ち悪いけど、食べられるようになったと言ってます。当然、フランスでは何でも食べてきたようです。

 下の子供たちの好き嫌いとは明らかに異なるものだったのはわかってましたが、当時は深く考えてませんでした。
ですから、偏食で苦しんでいる子には発達障害という側面からの視点もあるといいのかも。学校の先生にも理解してもらう必要があるので病院とかで相談するのもいいと思います。
先に紹介した漫画の「放課後カルテ」も詳しく解説しているところもあるし、参考文献も出ているので読んでみるといいかな。14巻に出てます。

長女は今では家族の中で一番食いしん坊で、味にうるさい美食家です。😆 

by kidszone_bunkyo | 2019-04-04 23:21 | 子供との日常
「発達障害」という言葉は最近よく聞くようになりました。

長女が幼稚園の頃はまだそれほど頻繁に聞く言葉でもなく、話題に上がる言葉でもありませんでした。

ただ、自分の子供が少し変わっていると気づいたころ、この言葉を知り大学へ行き始めました。

心理学を勉強して、児童心理学や発達障害、スクールカウンセラーの勉強をしました。

小学校へあがり、スクールカウンセラーにも通いましたが、「多動」を伴わないのでそれほど目立ったことはありませんでした。

主に気になるところは、「人の話を聞いていない」「ボーっとしてる」「いつも寝ている」「空気を読めない」「偏食」でした。

でも、手先は器用で絵は上手、好きなことには異常な集中力を見せていました。

小学校の頃は学校の勉強がよくできている感じではありませんでした。学校の勉強の流れにはついて言っていませんでしたが、非常に勘のいい子で算数や理科の理解度は「すごいな」と思うことがよくありました。でも、テストが100点というわけではありませんでした。

長女が高校生になってはじめてわかったことですが、小学校の4年生から本格的な給食が始まり、偏食だった娘は給食を残す自分をものすごく負い目に感じていたようです。幼稚園から中学まで同じ学校だったので、中学へ行ってお弁当になっても周りは「給食を残していた」自分を知っている人たちで環境は変わっていないので、自分を肯定することはなく、四角い箱の隅に自分はいたと表現しています。
高校で今までの学校から出て、誰も自分を知らない人の中に入り始めて解放されたと言っていました。中学から学校の成績にしっかりと実力が反映するようになり、卒業時はオール5でした。それでも、中学では本当に隅っこにいたのですが高校では周りが認めてくれるようになったようです。子供の心にここまで影響をしていたことを考えるとびっくりしました。

発達障害を持った子の「偏食」はただの好き嫌いではありません。ものすごく敏感なんです。長女は、「見た目」「舌触り」に敏感で、理科で先生がキノコを切断して見せてくれたぎっしり詰まった胞子を口に入れるという事が耐えられなかったようです。
彼女が食べられるものは両手で足りるくらいの食材しかありませんでした。味覚も敏感で、一切ごまかしは効かず、だしを変えただけでわかってしまうというくらいでした。食べないのによくわかるなと感心したくらいでしたが、これも、病気です。
でも、高校生になり栄養的な面を頭で理解するようになりなんでも食べれるようになりました。でも、ブロッコリーなども深く考えると食べられないそうなので、なるべく考えないようにしているそうです。管理栄養士並みの知識を持って食事を管理しています。

まあ、協調性は低いです。でも頭で理解して必要なことは出来ています。これは、仕方ありません。友達は少ないですが、「親友」と呼べる子は一人います。
小学校の頃から「一人」でもそれほど気にしない子で、グループを作る時はまあどこかに入れるだろうくらいだったようです。ふつうは、それが苦痛なんだと思うんですが、「偏食」の自分よりは気にならなかったようです。

寝てしまうのも、「過眠症」を伴っているからでしょう。これも、余裕が出来たら病院で診断をしてもらうつもりのようです。

欠点は多いです。でも、本人もそれを理解しています。自分のできることも理解しています。
「天才」とまでは言えませんが、やはりなにかずば抜けた能力を持っています。もう、親がサポートする時期は過ぎ、自分でコントロールできるようになりました。

ちょっと珍しい道を進むと思いますが、「発達障害」の子ってすごいんですよ。
認めてあげると、その能力は地球も救うかも。


by kidszone_bunkyo | 2018-02-05 22:02 | 子供との日常

個性の違いすぎる三人の娘を育てる母の感じたことを書いていきます。


by kidszone_bunkyo